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大阪高等裁判所 平成6年(行コ)98号 判決 1996年9月27日

控訴人

森本未樹子

右訴訟代理人弁護士

高階貞男

瀬戸則夫

岩佐嘉彦

青木佳史

泉薫

門前武彦

神谷誠人

川西渥子

小山章松

四宮章夫

崔勝

内藤早苗

内藤秀文

南野雄二

平野恵稔

藤木邦顕

増田健郎

松井千恵子

水田道治

峯本耕治

迎純嗣

雪田樹理

横山精一

岩井泉

山本健司

妹尾純充

谷英樹

平野和宏

岡本栄市

工藤展久

戸越照吉

江野尻正明

宮島繁成

岩本朗

小久保哲郎

小山操子

被控訴人

高槻市教育委員会

右代表者教育委員長

吉川榮一

右訴訟代理人弁護士

俵正市

重宗次郎

苅野年彦

坂口行洋

寺内則雄

小川洋一

右指定代理人

永坂邦輝

外一四名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対し、平成三年一月一六日付でなした平成三年度大阪府公立高等学校入学者選抜実施要項に基づく調査書を開示しないとの処分を取り消す。

2  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

一  事案の要旨

控訴人は、平成三年一月当時大阪府高槻市立芝谷中学校三年に在学し、大阪府下の公立高等学校に進学を希望していたが、入学願書提出に先立ち、志望校決定の参考資料等にするため、高槻市個人情報保護条例(以下「本件条例」という。)に基づき、入学者選抜の資料として公立中学校から公立高等学校に提出される調査書(以下「調査書」という。)作成前の段階で、被控訴人に対し、自己に関する調査書の開示を求めたところ、被控訴人教育長名で、右調査書が被控訴人の管理する文書の中には存在しない旨の通知を受けたため、これを違法な処分であるとして、その取消を求めているものである。

二  争いのない事実

1  控訴人は、平成三年一月当時大阪府高槻市立芝谷中学校三年に在学し、大阪府下の公立高等学校に進学を希望していたところ、本件条例一三条一項、一七条に基づき、同月七日、被控訴人に対し、自己に関する平成三年度大阪府公立高等学校入学者選抜実施要項に基づく調査書(以下「本件調査書」という。)の開示(写しの交付)を求めた。

2  被控訴人は、同月一六日、被控訴人教育長名で、控訴人に対し、本件調査書が被控訴人が管理する文書の中に存在しない旨の通知(以下「本件不存在通知」という。)をした。

3(一)  控訴人は、同年二月二日、被控訴人に対し、右通知につき、本件条例に基づき異議申立てをし、これを受けた被控訴人は、本件条例二一条により、高槻市個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)に諮問した。

(二)  審査会は、同月二八日、被控訴人に対し、本件調査書を控訴人に開示すべきであるとの答申をした。

(三)  被控訴人は、同年六月七日、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。

三  争点

1  本件不存在通知は行政処分にあたるか。

2  本件不存在通知の取消を求める法律上の利益があるか。

3  被控訴人のした本件不存在通知は適法か。

(一) 本件不存在通知には、憲法違反があるか。

(二) 本件不存在通知には、本件条例一三条二項二、三号に定められた非開示事由があるか。

(三) 高槻市議会の決議に違反するか。

(四) 審査会の答申に違反するか。

四  争点についての控訴人の主張

1  争点1(本件不存在通知の処分性)について

(一) 一審被告高槻市は、本件調査書のうち総合所見欄以外の各欄を開示すべきであったのにこれをしなかったのが違法であるとして、一審被告高槻市に損害賠償金五万円の支払義務を認めた原判決に対し控訴しなかったことから、原判決中同部分は確定した。一審被告高槻市が右損害賠償義務を負うのは、本件不存在通知が行政処分に当たることを当然の論理的前提とするものである。したがって、被控訴人は、この点を争うことができないというべきである。

(二) 本件不存在通知は、単なる通知ではなく、被控訴人が、「将来調査書が作成されても控訴人に対しては調査書を開示しない。」との意思を表示したものであり、行政処分に当たるというべきである。

(1) 本件調査書は、被控訴人が開示するか否かの判断を調査書作成前に行うことが可能であった。調査書は、学校教育法施行規則に基づき、生徒が公立高等学校に進学を希望する場合に二月末までに作成されるべき公文書であり、大阪府における調査書の書式は、記載される事項や様式が大阪府教育委員会によって具体的に定められているのであって、事前に開示するかしないかの判断をするのに何らの支障もないのである。

しかも、本件調査書は、その性質上、作成される前に開示請求をし、被控訴人による事前決定がなければ開示の目的を達することができないものである。控訴人が本件調査書の開示請求をした主たる目的は、志望高等学校選定の資料にするためであり、また、その評価や記載が適正になされているかをチェックするためであった。他方、選抜実施要項によれば、本件調査書は平成三年二月下旬に作成され、同年三月九日正午までに志望先高等学校に提出されることになっていた。ところが、本件条例一八条一項では、開示請求に対しては、一五日以内にその可否を決定しなければならないとされているのであるが、これは、反面、一五日間は右判断をしなくてもよいことをも意味するのであり、開示の目的を達成することができない事態を生じるのである。なお、被控訴人は、控訴人の本件調査書の開示請求の目的が本件条例の関知しない個人的な理由にすぎないと主張するが、高等学校に提出される前に調査書の開示を受ける必要があることは、入学者選抜の資料として使用される調査書という文書が類型的に持つ特性なのである。

したがって、控訴人としては、文書が存在していない段階で事前に開示請求をするほかなく、被控訴人の事前決定を得ることができなければ、本件調査書について、本件条例の定める自己情報コントロール権を確保することができず、本件調査書の開示を請求する地位を奪われたことになる。

ちなみに、控訴人は、本件調査書の右性質に配慮した上で、開示請求書に「調査書ができてから公立高校受験までは期間が短いので調査書ができる以前に交付することを決定しておいてください。」と記載している。

(2) 本件条例は、現代社会において、自己情報コントロール権を確保することが極めて重要であるとの認識に立っており(同条例一条)、右条例の実施機関の一つである被控訴人には、この方向での条例の運用が求められている。したがって、本件不存在通知を非開示処分と考え、控訴人に対し、不服申立ての機会を与えることを通じて控訴人の本件調査書に対する自己情報コントロール権を確保することは、本件条例の右趣旨に合致する。また、右条例一八条五項は、同条一項の期間内に開示等の可否を決定しないときは、自己情報の開示等をしないこととする処分があったものとみなすと規定しているが、これは、実施機関の沈黙を非開示処分と見なすことにより、請求者に速やかに不服審査手続を受ける権利を保障することが究極的には自己情報コントロール権の確保につながるとの考えによるものである。本件不存在通知は、右沈黙を確定する行為に当たるともいえるのである。

また、本件条例二三条一項に基づき設置された高槻市個人情報保護運営審議会は、高槻市長からの諮問に対し、平成四年一二月一八日、文書不存在通知は、本件条例一八条一項の「否の決定」に当たる処分と解すべきである旨答申し、高槻市は右答申に沿って個人情報保護制度の手引を改訂して、現在は、文書不存在通知を同項の「否の決定」として取扱う運用が確立している。これは、従前の取扱いを変更したものではなく、従来不明確であったものを明確にしたものである。

被控訴人は、本件不存在通知が、形式上、被控訴人教育長名でなされていることから、被控訴人の処分は存在しないと主張しているのであるが、被控訴人は、右通知以後、一貫して本件不存在通知が非開示処分であることを認めてきており、平成三年六月七日、被控訴人がした異議申立棄却決定の中でも、右通知を非開示処分と認めた上で判断しているのであって、本件訴訟で突如として右の主張をしてきたものである。そもそも、本件不存在通知が教育長名でなされる根拠となった「高槻市教育委員会の権限に属する事務の一部を委任する規則」(以下「委任規則」という。)は、本件条例制定前に作成された内部規則であり、このような規則によって、被控訴人の有する本件条例上の処分権限を教育長に委任できるかは疑問であり、この点を措くとしても、被控訴人が権限委任した事項を委任者自らが権限を行使することは何ら妨げないのであるから、本件不存在通知を被控訴人の処分と考えても、何ら問題はない。

2  争点2(本件不存在通知の取消を求める訴えの利益)について

(一) 本件条例は、個人情報の開示を求め得ること自体に法律上の利益を認めているものと解すべきであるから、控訴人が志望先高等学校に合格して進学したことは、右法律上の利益の存在を否定するものではない。

(二) 本件調査書の原本は既に高等学校に提出され、被控訴人のもとに存在していないことは事実であるが、被控訴人は、本件調査書の写しを作成して保管しているから、本件不存在通知が取り消された場合には、本件調査書の写しを開示することが可能であり、訴えの利益がないとすることはできない。

被控訴人は、本件調査書が志望先高等学校に提出された後も、控訴人の異議申立てを受けて開示すべきか否かを検討していた。被控訴人は、最終的に控訴人の異議申立を棄却したが、当時調査書原本が被控訴人のもとに存在しなかったにも拘わらず本件調査書が存在しないことについて何ら触れず、調査書を開示すべきでないとする実質的な理由のみ述べ、却下でなく、棄却の決定をしている。被控訴人は、控訴人の本件開示請求の翌年に他の生徒から同様の請求があり、調査書の写しの取扱いを巡り紛糾したことを受けて、本件のような場合、取消訴訟が終結するまで当該個人情報を管理、保管するとの原則を明確にした。このように、被控訴人は、写しにより本件調査書を開示することができるとの立場に立っていたのであり、今更原本が存在しないことを理由として、訴えの利益がないと主張するのは、右の今までの態度を反古にする不当なものである。

本件条例一九条二項は、「自己情報の開示は、実施機関が前条第三項に規定する通知において指定する日時及び場所において、当該自己情報が記録された公文書を閲覧に供し、又はその写しを交付する方法により行うものとする。」と規定し、同一九条三項は写しによる開示の場合を規定することからも、ここにいう公文書とは「自己情報が記録された公文書そのもの」だけではなく、「それに代わるものとして自己情報が記録されている公文書」も含まれると解釈しなければならない。

本件条例上、開示の対象となっている情報と、それが記録されている公文書との結びつきが、条例上どの程度(どの段階で)要求されているかを考えた場合、本件条例においては、①開示請求から最終的な開示行為に至るまでのいずれかの段階で、当該情報が公文書に記録されていること、②開示行為の段階で、公文書そのもの若しくはその公文書の写しが存在することが要件であり、それ以上に、開示段階で公文書そのものが存在することまでは要求されていないと解すべきである。

被控訴人は、本件調査書の写しを保管しているのであるから、写しによる開示が不可能であるということはできない。

3  争点3(本件不存在通知の違法性)について

(一) 先にみたとおり、一審被告高槻市は、本件調査書のうち総合所見欄以外の各欄を開示すべきであるのにこれをしなかったのが違法であるとして、損害賠償金五万円の支払を命じすられた原判決に対し控訴しなかったことから、被控訴人も右の点を争うことはできなくなったというべきである。

被控訴人は、右判決により、控訴人の開示請求に対し、本件調査書を総合所見欄を除き開示すべき義務があり、その前提として、次の事項がすべて非開示の事由として争うことができなくなったものとみるべきである。

(1) 本件調査書中、各教科の学習の記録、学習の総評欄については、これを開示することで本人の意欲、自尊心を阻害するなどし、ひいては生徒と教師との信頼関係を損なうおそれがあること

(2) 本人に開示することによって各教科の学習の記録、学習の総評の部分について、調査書の公正が確保できなくなること

(3) 調査書の各教科の学習の記録、学習の総評の部分について、高槻市のみ開示すれば、同一学区内で調査書の内容を知っている受験生と知らない受験生とが混在することになり、同等、公正な取り扱いができないこと

(4) 開示が前提となると、その内容が形骸化するなどし、高槻市域の調査書だけが信頼できる公正な資料とは認められないものとして取り扱われるおそれがあること

(5) 調査書を開示すれば、高槻市と他の市町や大阪府との協調関係の維持が図り難くなること

(6) 調査書は短期間しか被控訴人が保管していないものであり、調査書の開示、訂正請求が相次げば入試事務に混乱をもたらすこと

(二) 本件不存在通知の違憲性

(1) 憲法一三条(個人の尊重、幸福追求の権利の尊重)違反

判例はプライバシーについて権利性を認めているが(最高裁昭和五六年四月一四日判決等参照)、この権利の本質は他人が自己についてどの情報を持ち、どの情報を持ち得ないかをコントロールすることができる点にあり、これが憲法の基本理念である人間の尊厳、個人の尊重に密接にかかわるものであることを考えると、右自己情報コントロール権は憲法上の権利であるというべきである。この権利は、行政が肥大化して様々な個人の情報を保有するようになった現代社会では極めて重要な意味を持っている。本来、収集されるべきでない情報が収集されていないか、不当な使われ方をしていないか、誤った情報が集められて利用されていないかを確かめ、もしそのような事実があれば正す必要がある。

本件調査書に記載されている控訴人の学習の記録や人物の評価などは控訴人の自己の情報であり、憲法上プライバシー権の保護を受けるものであるが、入学者選抜に絡むものだけに、これをコントロールする意義は大きく、したがって、これを制限するには、相当厳格な理由、必要性が求められる。これは、情報開示請求権が憲法から直接導かれる具体的な権利でないとの考え方を採る立場でも同じ筈である。なお、自己情報コントロール権については、その概念や範囲が周辺部分で不明確さがあるとしても中核部分で明確であるから権利として位置づけられるべきものである。

本件不存在通知は、後記のとおり合理的な理由がなく、憲法一三条に違反する。

(2) 憲法二六条(教育を受ける権利)違反

教育過程における教育情報は、生徒と教師との間の継続的な信頼に基づいて取得、収集され、保存されるものであるが、この情報は原則として第三者に開示すべきではなく、当事者である生徒や保護者に開示すべきものである。これにより生徒は自らを知り、また教師と意見交換をすることにより、教育過程に主体的に参加することができ、教育を受ける権利の主体としての内実を持つことになるのである。このように教育を受ける権利に内在している教育情報の開示請求権は、学習権の内容として、また教育上のプライバシーの権利として憲法二六条の保障を受ける。そして、例外的に第三者に教育情報を提供しなければならない場合には、先ずこれを本人に開示することが必須の前提となるべきである。したがって、志望校へ提供される本件調査書を本人に開示しないのは憲法二六条違反となる。

(3) 国際人権規約等違反

開示請求に応じないことは、国際人権規約(B規約)一七条や児童の権利に関する条約二八条に違反する。

(三) 本件不存在通知の本件条例一三条二項二、三号の非該当性

(1) 本件調査書の開示の必要性

本件調査書は、個人にかかわる情報を記載したものであるから本人に開示すべきである。個人にかかわる情報は、その情報主体が適切に管理すること、すなわち、自己に関してどのような情報が、どのような内容で存在しているかを知ることが個人の人格的利益を保護する上で必要である。調査書の内容は、個人の成績、性格、行動の記録、身体の状況等極めて個人的評価に直接かかわる内容のものであり、開示されるのは当然である。

調査書は、生徒が進学すべき学校を選定する際の貴重な判断資料であるから開示すべきである。調査書は、高等学校の入学者選抜の資料として大きな比重を持ち、それに記載された評定が生徒や保護者の志望校選定について決定的に重要な情報となっており、その内容を知ることは志望校選定のために不可欠である。自分の進学先を決めることは生徒の自己決定権に属することであり、保護者の教育の自由、生徒の学習権に属する事柄であり、このためにも調査書の開示が必要である。

調査書は個人に対する教育評価を記載したものであるから、開示されるべきである。調査書の記載の中でも、入学者選抜資料として最も重要なものは学習の記録欄と総合所見欄の記載であるが、これらは教師による評価であり、調査書の本質はこのように教師の教育評価を記載した点にある。これは、生徒自身にとってはもちろんであるが、生徒の教育に責任を負い、その権利を持つ保護者にとっても、また教師にとっても、生徒の学習過程を振り返り、向上前進した点、誤り、つまづいた点などを検討して、生徒の今後を考える材料になるものである。入試についても、調査書はいわゆる今後の学習権の実現に大きな影響を及ぼすものであり、また、これに記載された評定を基にして入試対策を検討するのもこの一場面であるといえる。

調査書は、生徒や保護者と教師との信頼関係を確保するためにも開示することが必要である。既に幾多の先例が示しているように、調査書に恣意的、不利益な記載や誤記がなされたり、中には、調査書に不利益な記載をすることを一種の脅しにして、生徒管理の手段に使われている実態があるなど、調査書は開示されないことにより猜疑心と不信を産み、教育関係を歪んだものにし、生徒や保護者と教師との信頼関係を破壊する役目をしている。このような危険を防ぐためには、調査書を開示して、その記載内容が納得できるものであればそれを知ることにより、また納得できないものであれば、それについて議論を重ねることにより、教師への信頼を培うことができるのである。

(2) 本件調査書の総合所見欄の開示の必要性

ア 調査書の総合所見欄は、これが開示されていないため、そこに恣意的な記載、不利益を暗示するようなあいまいな記載、誤解を生じさせる記載、主観的なバラバラな評価の記載がなされ、さらにはこれが中学生活全般を萎縮させる効果を持つなど現実に具体的な弊害が発生している。

イ 調査書の総合所見欄は、これが入学者選抜に使用されるものでありながら、記載の基準がなく、記載が入学者選抜に当たりどのように受取られるかもわからないなど、その運用に大きな問題がある。

ウ 総合所見欄の記載内容を生徒や保護者に伝えないままに進路指導を行うことも問題である。総合所見欄に否定的な評価が記載され、入学者選抜ではこの点が考慮され不合格となる可能性があるのにこのことを全く知らされず、各教科の学習の記録、学習の総評欄の部分のみの情報で、生徒や保護者に進路の選択をさせることは到底認められない筈である。

エ 総合所見欄の記載は、各教科の学習の記録、学習の総評欄の記載と同じく、客観性、正確性が確保されなければならず、開示によってその基準の合理性が問われなければならない。

総合所見欄の記載は、ほとんど簡潔に生徒の長所が記載されているが、まれには、教師の一方的な思いこみによる悪い印象の記載や恣意的な記載がなされ、これが高校入試で生徒の不利益に扱われることがあり、取り返しがつかないことであり、数が少ないからといって無視できるものではない。

オ 総合所見欄の開示によって学校教育活動や高校入試に障害が発生するものではない。

総合所見欄の評価が各教師の判断、評価に委ねられている現状においては、その記載は基本的に、担当する教師によりバラツキが生じ、ある意味では独断的なものになる可能性がある。総合所見欄は、スペースが限られていることや、全生徒に公平、公正に記載しなければならないとの配慮から、一般的には「積極性がある」「明るい」といった程度の極めて簡単な記載しか行われていない。特に、高槻市を含む大阪府下では、大阪府教育委員会の指導により一般には長所を記載するという運用がほぼ完全に制度化されるに至っている。

総合所見欄が教師の主観的評価にすぎないことから、高校における入学者の判定に総合所見欄はほとんど利用されていない。総合所見欄は、調査書の成績評価及び学力検査(入学試験)の成績の合計点が同一である場合(但し、この場合もさらに、学力検査の良い方を優先するなどの措置をするなどしてさらに限定された場面でしか利用していないようである。)というような極めて限定的な場合にのみ考慮するという運用である。総合所見欄は、客観的公正が要請される高校入試において入学者選抜の資料として用いる上で、本来的に大きな限界があり、現実にも極めて限定的にしか利用されていないのである。

したがって、開示すると総合所見欄が形骸化する恐れがあり、高等学校の入学者選抜制度に悪影響を及ぼすことにはならない。

カ 総合所見欄の開示は、生徒と教師の信頼関係を損なうものではない。

生徒の教師に対する信頼感は、各教師と各生徒との個別の人間関係において、両者の日常的な接触の中で醸成されるものであり、極めて個別的、流動的なものである。信頼感は、誰に対するものかによっても異なるし、時期によっても異なるし、信頼感があるかないかいずれかしかないなどといった単純なものでもない。調査書を開示したから信頼感が失われたとか、逆に開示したから信頼感が増したなどと簡単に結論づけられるものではない。

生徒や保護者との間に緊張関係が生じるかどうかは、日常の教育活動での生徒や保護者との関係がどうなっているかと関係し、教師が本来の職責を果たしておれば、調査書の開示によって教師と生徒や保護者との間に緊張関係が生じるのは極めて限定された場面にすぎないのであって、総合所見欄を開示しない理由にはならない。

開示を望む者に対して、信頼関係が損なわれるとの理由で開示を拒むことは不合理である。請求者は、開示請求が拒まれたときには、何か都合の悪いことが書かれているのではないかとの不信の念が生じるのである。

調査書の開示時期は卒業間近であり、その後の継続的な指導は予定されていないから、調査書の開示によって当該生徒や保護者との間に緊張関係が生じることは、非開示の理由にならない。

(3) 本件条例による開示の原則性

本件条例一条や一三条に規定されている条例の趣旨からすれば、自己情報は本人に開示されるのが原則であり、非開示とされるのはあくまでも例外であって、非開示事由の解釈、適用は厳格に行われるべきである。

本件条例においては、実施機関は、個人情報を請求者に対し開示しないときは、非開示事由に該当することを立証する責任を負うものである。

本件条例は、自己情報は原則として本人に開示されなければならないとの立場をとっているうえ、非開示事由についても、「本人に知らせないことが正当であると認められるもの」(一三条二項二号)、「公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの」(同三号)と規定し、「おそれがあるもの」という文言になっていないから、被控訴人は、信頼関係を損なうおそれがあることをもって本件調査書を非開示とすることはできないのである。

(4) 本件条例一三条二項二号の非該当性

教師は生徒に対し、生徒の学習権を保障するために教育評価をすべき責務があるが、「教育評価権」なる権利は認められていない。また、評価の公正はその秘密主義により担保されるとの考えは、右「教育評価権」を絶対視する極めて独善的な考え方である。教師も人間である以上、評価の前提事実や評価の過程に誤解や偏見、恣意が入り込む余地のあることを否定することはできない。そして、この危険は人格評価において特に大きいといえる。したがって、評価を公正に保つには、その内容を生徒や保護者に開示し、批判や訂正要求にさらすことが必要である。特に、不利益記載に関しては、これを記載することが人権侵害になりかねないこともあり、その他種々の弊害を伴うので記載すべきではないが(進学後の指導上必要な伝達事項は、指導要録抄本の送付によるべきである。)、仮にこの記載を認めるとするならば、その前提として、教師の教育活動が正しく行われていること、事前のチェックシステムの確立していることが必要である。これが調査書の公正さを保持する手続的保障である。行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律や大阪府公文書公開条例によって秘密性保持を根拠づけることは、感情的議論や誤った憶測、さらには単なる指針にすぎない行政解釈をよりどころとするものであって、全く無意味である。

教育評価は一定の基準に基づいてなされるべきものであるから、評価すべき対象の性質上、自分の主観的判断によるほかない事項についても、教師は右判断の基準を公開して説明すればよいのであって、基準が合理的かつ適切なものであれば、それを開示することにより、生徒や保護者との信頼関係が破壊されることはなく、むしろ生徒や保護者からの信頼感が増す結果となる。

(5) 本件条例一三条二項三号の非該当性

調査書の作成は、各中学校で調査書及び成績一覧表により、その作成が公正になされるよう対策がとられており、また、高槻市においては、志望校決定のため三者懇談会や被控訴人も主張するように平成四年度の進学希望者から進路指導として個人記録カードを提示すること等により、不完全ながらも事実上調査書の内容が開示されてきているのであり、今更、調査書を開示することにより特に事態が変化するとは考えられない。むしろ、前記のとおり、調査書を開示することにより、その弊害面の是正を図るべきである。また、調査書を開示することにより入試の公正を害するとの見解については、右のとおり、現在でも事実上調査書の内容は生徒に伝えられていて、これについて統一的な取扱がなされているとはいえないし、単なる危惧にすぎないばかりか、学校間の格差や評価方法の違いなど調査書開示以前に入試の公正を害するものは存在しており、これらを措いて調査書の開示の問題性だけをとりあげるのは手前勝手な見解である。

調査書の開示を認めても、生徒全員がこれを請求するとは考えられないし、三者懇談会等で既に事実上開示されていることからみでも、調査書を開示してもそれほどの混乱が生じることはない。本来、学校は生徒の自己情報である調査書の開示請求に支障なく応じることができるよう態勢を整えておくべきであり、準備不足を非開示の理由とすることはできない。

(四) 調査書の開示を求める高槻市議会の決議違反

(1) 高槻市議会は、本件開示請求について、審査会の答申後の平成三年三月二六日に、「内申書の開示を求める決議」をして、全部開示を求めた右審査会の答申を支持した(以下「本件決議」という)。

(2) 高槻市議会は、本件条例を制定した立法過程では調査書の取扱いについて議論が分かれたため、調査書について特別の定めをしなかった。しかし、同市議会は、本件開示請求の過程、審査会の議論を通じて、さらに議会での議論を重ね、結局、審査会の答申が出たことを機に、議会としての議論が成熟し、調査書の開示に関する条例の内容についての意思表明を行ったものである。以上の事情から、高槻市議会は、本件条例の制定時の昭和六一年一〇月三日から若干の年月が経過した後のものであるが、その間立法事実に変化がないばかりか、調査書の開示については、条例制定時に意思を十分に表明したとは考えずに、条例制定を補完するものとして本件決議を行ったことが分かる。したがって、本件決議は、本件条例制定時の昭和六一年一〇月三日時点の準立法者意思そのものと擬制してもいいほどの重要性を有しているのである。

準立法者である高槻市議会は、本件決議によって、本件条例の意味を、調査書については全面開示の趣旨であることを明らかにした。したがって、実施機関である被控訴人は、本件決議によってなされた命令に従って単純に開示事務を執行しなければならず、調査書を開示すべき義務を負っている。

本件決議が、調査書を本件条例の開示対象外に該当しないと表明しているのであるから、調査書については、条例の枠内で判断する限り、実施機関はいうに及ばず、固有の権能として法の解釈権を有する裁判所ですら、法の枠内でしか解釈できず、憲法に違反する等の特別の事情がない限り、条例の解釈上、全面開示を是認しなければならないのである。

(3) そうでないとしても、本件条例の枠組みにおいては、審査会の答申が尊重されることが強く期待されるシステムとなっている。この点からすれば、準立法者のなした本件決議の判断が極めて高度に尊重されてしかるべきである。調査書を開示することによる弊害が著しいといった本件決議に従うことのできない特別の事情がない限り、本件決議により、調査書は全部開示されるべきである。

(五) 審査会の調査書全部開示の答申違反

被控訴人は、審査会の本件調査書を開示すべきであるとの答申に反して控訴人の異議申立てを棄却した。

しかし、審査会の答申が実施機関の非開示決定を不当、違法なものであるとする場合には、実施機関は、原則としてその答申に従うべき法的義務が生じ、例外的に、実施機関が特に開示することが妥当でない特別な事由のあることを明らかにすることができる場合に限って、右法的義務を免れるものであると解すべきである。

よって、被控訴人は、右特別な事由の存在を具体的に主張、立証することができなければ、被控訴人の非開示の決定は違法となる。

五  争点についての被控訴人の主張

1  争点1(本件不存在通知の処分性)について

(一) 高槻市を一審被告とする損害賠償請求訴訟において、一審被告高槻市が控訴せず原判決中一審被告高槻市に関する部分が確定したからといって、被控訴人を当事者とする本件調査書非開示処分取消請求訴訟において、被控訴人が当審において争うことができることは明らかである。

(二) 本件不存在通知は、本件調査書がいまだ存在していないという事実を単に通知したものにすぎず、行政処分には当たらない。すなわち、右通知当時には本件調査書は作成されていなかったのであるから、これを非開示とするとの決定を通知したものではないし、もちろん、右調査書を開示するか否かの判断を示したものでもない。

また、本件不存在通知は、被控訴人の内部規則である委任規則一条により被控訴人から教育長に委任された権限に基づき、被控訴人教育長名をもってなされた通知行為であり、被控訴人の処分は存在しない。

さらに、本件条例一三条により開示請求が認められる対象は、同条で引用する高槻市情報公開条例二条一号に規定する公文書に記録されている個人情報であるが、右二条一号の規定で明らかなとおり、現に存在してもおらず、実施機関が管理してもいない文書、すなわち本件調査書についていえば、将来、被控訴人が保管、保存して管理することが予想される公文書に記録されるであろう自己情報について、あらかじめ開示請求をすることはできない。調査書については、調査書に記載される事項や様式が定められていることに特に意味があるのではなく、そこに記載される具体的な情報が問題とされているのであり、これは記録されるまでは不明であるから、内容不明の情報を開示すべきことを条例が求めている筈がない。

控訴人が、志望校選択のために本件調査書の開示を求めたとしても、本件条例一三条に明らかなとおり、本件条例は開示請求の目的ないし利用目的に何ら触れていないから、控訴人の右目的は控訴人の個人的事情にすぎず、被控訴人がこれに拘束されることはない。また、本件調査書は、入学者選抜の資料として作成され、生徒が志望する高等学校の校長に提出されるものであり、受験者の志望校選定の資料として作成されるものではないのである。

控訴人は、本件条例一八条一項をも事前の開示請求の許される根拠とするが、右規定は、本件調査書のように一五日間に満たない短期間しか手元に存在しない文書についての扱いを予想していないといえる。

控訴人は、自己情報コントロール権の確保の要請について主張するが、これと本件不存在通知を行政処分である非公開処分とみなさなければならないこととの間には必然性はない。本件条例一八条五項も、開示の可否を決定する対象となる文書を実施機関が保管している場合についての規定である。

被控訴人は、審査会に対して、本件不存在通知を行政処分である非公開処分に当たると無条件に認めたことはなく、仮に処分に当たるとしても、その処分が正当なものであると主張したにすぎないし、また、異議申立てに対する決定においても、右審査会が出した答申の見解を尊重し、あえて本件不存在通知の処分性の問題に触れなかったのみである。

2  争点2(本件不存在通知の取消を求める訴えの利益)について

(一) 控訴人には本件不存在通知の取消を求めるにつき法律上の利益がない。その理由は、①本件調査書は平成三年度の公立高等学校入学者選抜(合否決定)のための資料として作成される文書であること、②本件調査書は右①の目的のため受験者の出身中学校長から志望先の公立高等学校長に提出される文書であること、③右①の入学者選抜は既に終了していること、④控訴人は志望先公立高等学校に合格し進学していること、⑤右②の目的に沿って本件調査書は公立高等学校長に提出されており、開示に関する本件条例上の実施機関である被控訴人が現に保管若しくは管理していないことの各事情があり、したがって、現段階で本件調査書を開示することが不可能であって、控訴人には本件調査書の開示を求める法律上の利益がないのである。

前記のとおり、本件調査書は、入学者選抜の資料として作成されるものであり、生徒の志望高等学校選定の資料とするために作成されるものではない。控訴人の開示請求の目的が志望高等学校選定のためであるとすれば、入学願書を提出した時点で、その意義は失われるし、本件調査書が志望先高等学校長に提出され、控訴人が志望高等学校に合格している時点では、更にその必要性や利益がないことは明かである。控訴人は、右開示請求の目的の一つとして、その評価、記載が適正にされているかをチェックすることにあるとも主張するが(これが本件条例一四条の「訂正」によるものか、それとは別の自己情報コントロール権を意味するものかは明かでないが)、志望先高等学校長への提出期限が経過し、又は調査書が提出されたことにより、これをチェックする余地もなくなっていることは明かである。

(二) 被控訴人は、審査会からの答申を受けて以降、教育委員会学習会の開催、校長会、PTA協議会からの意見聴取等精力的に検討協議を繰り返してきたのであり、漫然と控訴人の異議申立てを放置していたのではないし、被控訴人が本件調査書のコピーを保管しているのは、本件調査書の開示を巡って係争中であり、今後その可否を判断するに当たって、記載内容の確認が必要となるかもしれず、そのときの参考とするためにコピーをしておいたのであり、控訴人に開示する場合に備えて写しを作成したのではない。

また、調査書の写しが開示の対象となるかどうかを検討する場合、開示目的が控訴人の主張するように、訂正、削除等の手続を経て、請求者の自己情報コントロール権を実現するためであるとすると、写しを開示することにより、本件調査書の記載内容を訂正、削除し、その結果、請求者である控訴人の不利益を回復できなければ意味がないが、本件調査書は、既に被控訴人の手もとにはなく、しかも、控訴人は志望の高等学校に合格しているのである。

(三) 本件条例一九条二項によれば、「閲覧」にしろ「写しの交付」にしろ、公文書(本件調査書)そのものが現存していることが、文言上も不可欠の前提となっている。控訴人は、本件条例一九条二項によって開示の実施される公文書とは「自己情報が記録された公文書そのもの」だけではなく、「それに代わるものとして自己情報が記録されている公文書」も含まれると主張するが、本件条例の解釈を誤るものであり、認めることができず、しかも被控訴人は右いずれの公文書も管理していないから、開示することはできない。被控訴人が有する本件調査書のコピーは公文書ではない。

(四) 被控訴人は、審査会の予想外の答申に直面し、その内容を十分に検討することが必要であると考え、各種の研究や意見聴取を行い、調査書について非開示が相当であるとの結論に達し、本来却下すべきであるが、却下すべきでないという審査会の答申を尊重し、実体的に棄却の判断ができるのでその方が相当であると考えて、棄却決定を行っただけで、調査書原本以外のものに基づいて開示が可能であるとの立場に立って検討していたものではない。

(五) 短期間しか存在しない文書について、写しによる開示も可能であるとの取扱は、本件が問題となった翌々年から新設されたものであって、本件とは無関係である。

3  争点3(本件不存在通知の違法性)について

(一) 本件不存在通知の違憲性

控訴人が主張する自己情報コントロール権は実定法で認められたものでもなく、その概念や範囲については争いがあり、社会通念上その対象や内容が成熟しているとはいえないものである。公文書に記載されている個人情報についての開示請求権は、憲法等から直接導き出されるものではなく、地方公共団体が設けた公開条例により創設されたと解するのが既に定着した判例の流であり、したがって、本件調査書開示の成否についても、本件条例の趣旨、文言により判断すれば足りる。

(二) 本件不存在通知の本件条例一三条二項二、三号の該当性

(1) 調査書の存在意義

調査書は、学校教育法施行規則五九条により学力検査と並んで高等学校入学者選抜における重要な資料として用いられることになっている。本件調査書は、大阪府教育委員会が定めた選抜実施要項に基づく様式により控訴人が在学していた中学校長の権限と責任で作成し、控訴人の志望した大阪府立高等学校の校長に提出されたものである。

調査書は、受験競争の激化に伴い、入学者の選抜が一回限りの学力検査のみによることなく、中学校在学中に培われた生徒の多方面の資質を評価するとともに、学力検査偏重により受験準備教育の過熱化を招くことのないようにとの配慮から、昭和四一年七月一八日文部省初中局長通達により、これが重視されることになったが、現在、大阪府下では実質的に調査書が学力検査以上の比率を占めている。

調査書は直接生徒の教育を担当する教師の評価に基づき作成されるものであるが、その内容の公正と客観性を確保するため、被控訴人所管の各中学校では、選抜実施要項に基づき調査書作成委員会を設けている。また、選抜実施要項によれば、調査書は平成三年二月末現在をもって作成すると定められており、入学願書の受付は同年三月一日から同月七日までになされるが、同月四日正午までには全志願予定者数の七〇パーセント以上が出願を終了するようにとの大阪府公立中学校長会の申合せがある。

このように調査書は高等学校の入学者選抜に用いられる個人の評価に関する情報であるという特殊な性格をもっているため、本件条例が開示請求権等の権利を保障しているとしても、選抜実施要項を踏まえ、大阪府公立高等学校入学者選抜制度を十分に理解した上で、その可否の判断をすることが必要である。

(2) 調査書の総合所見欄の存在意義

控訴人は、総合所見欄の弊害を種々主張しているが、右主張は単なる憶測か、信用性に乏しいアンケートに基づくものにすぎない。

大阪府教育委員会は、調査書の総合所見欄には、「各教科の学習、特別活動及び性格行動等について、その特質を明らかにすると思われる事項及び指導上必要な事項を具体的かつ簡明に記入する。」と指導しているのであって、控訴人が主張するような長所を中心に記載するように指導しているものではない。

総合所見欄も入学者選抜実施要項に定めるところに従って合否判定の資料として利用されている。従って、総合所見欄に不利益な記載がされることも当然存し、控訴人の主張は根本的に誤っている。

調査書は、入学者選抜の資料として作成されるもので、その記載に教育的な配慮が加えられておらず、加えられるべきでもなく、これを本件条例に基づき開示するとすれば、伝達に当たり教育的な配慮をする余地がない。したがって、調査書は、本件条例に基づき開示されることを前提とすると、記載の形骸化の問題が発生するのは当然である。

(3) 本件条例の解釈態度

本件条例の定める非開示事由に「おそれ」という文言がないのは控訴人指摘のとおりである。しかし、一定の「おそれ」が存するために、本人に知らせないことが正当であると認められる場合や公正かつ適切な行政執行の妨げになると認められる場合が存するのであって、この場合には非開示とすべきものである。

(4) 本件条例一三条二項二号の該当性

ア 調査書は、本件条例一三条二項二号に規定された「個人の評価、診断、判定等に関する情報」であり、「本人に知らせないことが正当であると認められるもの」である。すなわち、公立高等学校入学者選抜の公正を確保するためには、調査書の作成、取扱においても、調査書が入学者選抜の資料の一つとされている目的に適合するよう教師の教育評価権に基づき、生徒の各教科の学習、特別活動及び生徒の性格、行動等に関し、その事実や評価が公正に記載されるよう保障する必要がある。そして、高槻市の中学校においては、調査書の総合所見欄には、クラブ活動、学級活動等の状況、性格、学習意欲などのプラス面を記載し、マイナス評価はできるだけ記載しないこととしているが、選抜実施要項にある「指導上必要な事項」として、本人に不利益な事実やマイナス評価を全く記載しないとすることはできない。このようなマイナス評価の記載についての開示は、教育指導上の配慮を加え、進路指導目的にふさわしい方法で行われるべきであり、そのまま本人に開示すれば、本人の意欲を阻害し、自尊心を傷つけ、自己の将来への絶望感、教師への不信感や遺恨等を招き、ひいては教師と生徒の信頼関係を損なうおそれがあり、本人には知らせないことが教育上も望ましいのである。

イ 生徒や保護者に対し開示することを前提として調査書を作成するとすれば、調査書の公正の確保は極めて困難となる。調査書の公正を担保するためには、その記載内容が制度上秘密であることが求められる。昭和六三年に制定された行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律にも同趣旨の規定がおかれており、また、大阪府公立高等学校では、本件条例一三条二項二号と同旨の大阪府公文書公開条例の規定を根拠として、学力検査の結果や調査書記載の成績は開示していない。

なお、平成三年一一月から、被控訴人においては、「高槻市立中学校進路指導に関する指導要綱」に基づき、進路指導の一環として、二学期中間までと二月中旬までの学習成績(一〇段階相対評価)を希望する生徒に示すことにしているが、これは調査書に記載される「各教科の学習の記録」の内容と似ているとはいうものの、調査書を開示することとは異なる。進路ガイダンス情報は、教育現場における教師と生徒との信頼関係に基づいて生徒への教育効果を最大限配慮しながら活用されるべきものであり、これは本人の学習意欲を向上させ、受験に際してできる限り精神的不安感を取り除き、自信を持って臨ませるためになされるのであり、教育上好ましくない結果や混乱を教育現場に招かないようにするためになされるものである。

特に、相対評価において、基準設定の基礎となるのは、集団内における順位であり、個人の評価のみを知らせても納得が得られない場合が起こり得るのであり、本人以外の個人情報の公開を迫られることにもなりかねない。

(5) 本件条例一三条二項三号の該当性

入学者選抜に当たっては、全志望者への公正を保障する必要があり、とりわけ調査書の取扱いについては、全志望者につき同等、公正な取扱いを保障しなければならない。もし、調査書を開示するとすれば、制度的な公平、公正を確保した上で、高等学校受験を志望する全員にその権利を保障する必要がある。すなわち、一地域のみにおいて、調査書の開示が可とされるならば、同一学区内で、調査書が開示されて自己の調査書に記載された内容を知って受験する者と開示されずに右記載内容を知らずに受験する者が混在することになり、同等、公正な取扱いがなされるとはいえないことになる。

また、調査書が開示されるとなると、本人に不利益な事実やマイナス評価、生徒や保護者から異議がでることが予想されるような事実はますます記載されなくなり、調査書が形骸化して、その意義が失われるし、例えば、高槻市立中学校の生徒の調査書のみが開示を前提として作成されるとすれば、高槻市域の調査書は信頼できる公正な資料とは認められないものとして取り扱われるおそれもある。

高槻市のみにおいて調査書の開示をするとすれば、開示をしない他の市町や大阪府との間で信頼関係が失われ、協調関係の維持が図り難くなる。又、調査書は平成三年三月一日から同月九日の午前中の短期間しか被控訴人が保管しないものであり、また、入学者選抜願書の受付期間が同月一日から同月七日までであることをも考えると、調査書の開示をするのは三月一日以降となり、これに訂正請求等がなされると事務が繁雑となり、これが多数の者からなされると影響は大きく、入試事務に混乱を来す可能性も極めて大きい。

(三) 高槻市議会の決議の効力

高槻市議会は、条例の制定改廃の権限を有しているが、本件決議は、その権限の行使としてなされたものではなく、地方自治法九九条二項の意見書提出の前提としてなされたものであるから、被控訴人や裁判所を拘束するものではない。なお、本件条例制定時に高槻市議会において調査書の取扱いが議論されたことはない。

(四) 審査会の答申の効力

被控訴人には、審査会の答申を尊重する義務はあるが、法的に拘束されるものではない。

第三  争点に対する判断

一  前提となる事実

甲第一ないし第四号証、第三四号証、第四五号証、第一四二号証、第一四四号証、第一六〇号証、第一六四号証、第一七五号証、乙第一ないし一三号証、第一五号証、第二八号証、第三〇号証、原審証人藪重彦、同西山喜雄、同林煥、当審証人鶴保英記、同遠藤恵子、同栗原夏陽の各証言、原審における控訴人の供述によれば、次の事実が認められる。

1  控訴人

控訴人は、平成三年三月一四日まで高槻市立芝谷中学校に在学し、同年四月に大阪府立芥川高等学校(以下「芥川高校」という。)に入学した者である。

2  調査書の存在意義

(一) 調査書は、学校教育法四九条、同法施行規則五四条の三、第五九条一項に基づき、高等学校の入学者選抜のための資料として、生徒の在学中の中学校の校長が作成し、その生徒が進学しようとする高等学校長に提出される文書である。

(二) 大阪府教育委員会は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条四号、三三条、大阪府立高等学校等の管理運営に関する規則一八条に基づき、毎年、大阪府公立高等学校入学者選抜方針を決定し、この方針に基づき大阪府公立高等学校入学者選抜実施要項(以下「選抜実施要項」という」。)により、選抜日程、選抜資料、選抜方法等を定めているが、控訴人の高等学校受験の際の選抜実施要項である平成三年度選抜実施要項は、平成二年一二月一一日に公表された。

(三) 右選抜実施要項によれば、入学者選抜の資料は、学力検査及び調査書とされているが、学力検査は、国語、数学各七五点満点、社会、理科、英語各七〇点満点の計三六〇点満点とし、他方、調査書は、中学校第三学年における全必修科目(八科目)、同選択科目のうち英語(一科目)の評定及び後記学習の総評についての評定を、後記評定配分比率に基づいてそれぞれ一〇段階で記載することになっているところ、この評定のうち、学力検査を実施しない音楽、美術、保健体育、技術・家庭の四教科(以下「実技科目」という。)については、調査書の評定点を各教科一〇点満点、計四〇点満点として、これを前記学力検査の三六〇点に加えて計四〇〇点満点とし、この成績により、各受験者を後記評定配分率に従って一〇段階に区分して評定し、次いで、この評定点と調査書中の学習の総評の評定点とを同等に組合わせて、これを基本として、更に後記総合所見欄等、調査書の学習の総評以外の記載事項も資料として総合判定した上で合否の決定がされることになっている。なお、右総合所見欄等については、各高等学校長の裁量によるところとされており、具体的な統一基準は存在していない。

(四) 大阪府教育委員会の定める調査書の様式には、氏名、生年月日等の身分事項欄のほかに、各教科の学習の記録欄、身体の記録欄、総合所見欄が設けられている。

右調査書の様式は、昭和四九年までなされていたA、B、Cの三段階に分けてする人格評定が削除されるなど、選抜に真に必要な事項のみが記載されるように改善されてきている。

(1) 各教科の学習の記録欄の「必修教科(国語、社会、数学、理科、音楽、美術、保健体育、技術・家庭)」及び「選択科目(英語)」の各教科の評定については、平成三年度選抜実施要項により、一〇(三パーセント)、九(四パーセント)、八(九パーセント)、七(一五パーセント)、六(一九パーセント)、五(一九パーセント)、四(一五パーセント)、三(九パーセント)、二(四パーセント)、一(三パーセント)の割合により一〇段階の相対評価によって順位を付けることとされている。

右の一〇段階評価をするに当たっては、一般に、国語、社会、数学、理科、英語の主要五教科については学期末等の試験の成績が重視されるのに対し、音楽、美術、保健体育、技術・家庭の実技科目については実技や作品の比重が高いとされているが、統一的な基準があるわけではなく、具体的な評価は各中学校長に任されている。そして、調査書の内容を客観的、公平、適正なものとするために、選抜実施要項により、中学校長は、調査書作成のための補助機関として、教職員(教頭及び第三学年担当教員)により調査書及び成績一覧表作成委員会を設け、ここで検討した上で調査書を作成することとされている。

(2) 各教科の学習の記録欄のうち学習の総評欄は、右各教科の評定における評価を前提として、同じく一〇段階の相対評価で順位付けがされるのであるが、主要五教科の点数が同じ場合については、特に統一した取扱いはなく、各中学校において、実技科目の合計点の高い者を上位者とするなどの基準で順位付けをしている。

(3) 身体の記録欄には、中学三年生時の視力、聴力、ツベルクリン反応及び結核性疾患の各検査結果が記載される。

(4) 総合所見欄については「各教科の学習、特別活動及び性格行動等について、その特質を明らかにすると思われる事項及び指導上必要な事項を具体的かつ簡明に記入する。」と選抜実施要項に定められているが、そのほかはその記載内容に関する基準はなく、大阪府教育委員会でも特に指導を行っていない。もっとも、文部事務次官の各都道府県教育委員会等に対する平成五年二月二二日付通達(文初高第二三四号)では、調査書の在り方としてコ調査書については、高等学校入学者選抜の資料としての客観性・公平性を確保するように留意しつつ、生徒の個性を多面的にとらえたり、生徒の優れている点や長所を積極的に評価し、これを活用していくこと」としており、大阪府の各中学校においても、調査書には、生徒にとり不利益な点を指摘、強調するのではなく、長所を積極的に評価するのが一般的である。

(五) 調査書は、選抜実施要項によれば、学力検査の成績とともに入学者の選抜(合否の決定)をするための資料であり、中学校長が、作成の公正を期するため教職員をもって組織する作成委員会を補助機関として作成して、被控訴人を経由せずに直接に志願先高等学校長に提出するものであって、高等学校長は、調査書中に理解困難な事項があった場合は、中学校長に説明を求めることができることになっている。選抜実施要項には、中学校長が提出前に写しを作成すること、或いは高等学校長が調査書を入学者選抜の実施後に中学校に返還することを定めた規定はなく、いずれも予定されていない。

調査書と同様の機会に作成される成績一覧表は、志願先高等学校長のほか、調査書と異なり、同高等学校を所轄する教育委員会にも提出されることになっている。

(六) 平成三年度の調査書は、選抜実施要項によれば、中学校長が平成三年二月末現在をもって作成し、同年三月九日正午までに志願先高等学校長に提出することと定められていた。中学校は、現実にも生徒が公立高等学校の志望校を決定し、生徒から申し出を受けてから作成にかかるため、その作成が例年、二月二五日ころ以降になることが多く、本件調査書も、控訴人が平成三年二月二三日の三者懇談会で芥川高校を志望する旨を申し出たため、同年三月一日に作成された。

(七) 調査書は、大阪府においては、公立高等学校の入学者選抜(合否決定)の資料として、学力検査(入学試験)と並ぶ重要なものであるが、調査書の各教科の学習の評定は、学力検査と異なり府下いっせいの統一的な問題に対する答案の採点の結果によるものではないため、評定の過程が複雑であり、評定にばらつきがありうることや中学校の学校間の学力の格差がありうることが推測され、学力の評定の適正について若干の疑問が提起されている。しかし、学力検査についても、一回限りの試験で受験者の学力を正しく評定できるかについて同様の疑問が提起されている。

調査書のうち、総合所見欄については、先にみたとおり、「各教科の学習、特別活動及び性格行動等について、その特質を明らかにすると思われる事項及び指導上必要な事項を具体的かつ簡明に記入する。」と選抜実施要項に定められているが、生徒の中学校の過程における特質の総合的な評定であることから、各教科の学習の評定のように評定を数量化することができず、記載を適正に行うには難しさがある。右選抜実施要項においては、評定の対象範囲が包括的で、評定の判断基準があいまいで、評定を記載する用語も明確でないため、総合所見欄の記載はかなり多様となっている。しかも、各教科の学習の評定の記載と異なり、総合所見欄の記載が入学者選抜(合否決定)にどの程度に利用されるものであるかも明らかとはなっていない。

このため、調査書の作成権限を持つ中学校側が生徒の教育、指導に当たり、調査書を楯にして生徒を管理している、生徒を脅しているとの批判や、調査書の総合所見欄に事実と異なる不当な記載をされて入試に不利益に扱われたという不満のあることが報告されている。

右のような批判や不満がでるのは、根本的には、調査書という公立高等学校の入学者選抜(合否決定)の資料を中学校が作成していること及び調査書に記載される生徒の学力を適正に評定することや成長過程における多様性を帯びた中学生の人物の特質を簡潔な言葉で適正に評定するについて困難があることに起因するものであるが、公立高等学校の入学者選抜(合否決定)が一回の入学試験のみで行われるとした場合の弊害を考えると、学力検査及び調査書に基づき合格者を決定し、調査書の記載事項を教科の学力の評定のみに限定しない現行制度自体の合理性は理解されているところであり、控訴人も調査書の廃止を主張しているのではなく、志望校を最終的に決める時点での生徒に対する調査書の開示を求めているものである。

3  調査書の開示請求の経緯

(一) 控訴人は、かねてから、調査書を、生徒の志望校選択の資料とするために生徒自身に閲覧させるべきであり、また、その内容が適切、公平に作成されているかどうかを生徒に検討する機会を与えるべきであるとの考え方を持っており、個人的にも、中学校時代に学校の方針に反対して制服でなく私服で通学していたことや、かつて通知表に控訴人の評価として協調性が必要と書かれたことがあったこと、他の生徒に体罰を加えた教師に対し控訴人が抗議を申入れたことがあり、これらが控訴人の調査書にどのように記載されているかに関心を持っていた。

控訴人は、中学三年の二学期になされた進路希望調査で、芥川高校に進学したいとの希望を出していたが、進学指導のために平成三年二月二三日に行われた担任教師、生徒、保護者の三者が面接して進学の相談、指導をするいわゆる三者懇談会の席上でも同じ希望を述べるとともに、調査書の開示を求めたが、開示を拒否された。

右三者懇談会では、控訴人は、前記のとおり、中学時代に私服で通学していたことから、制服のある芥川高校に進学できるか不安であり、担任教師も同じ通学区域にある制服のない大阪府立春日丘高等学校を進める口ぶりであった。

芝谷中学校では、平成三年度の公立高等学校進学希望者は、同年三月三日に一斉に入学願書を提出したが、控訴人は、本件調査書開示請求の件もあったため、同月五日ころ、保護者と共に芝谷中学校長と話し合い、調査書について可能な限りの情報を得た結果、学科の成績も相当に高い評定がされており、芥川高校なら大丈夫との感触を得たため、希望どおり芥川高校に出願することを最終的に決めて、同月六日に入学願書を提出した。

(二) 控訴人は、平成三年一月七日に本件調査書の開示請求をした。前記のとおり、調査書は、同年二月末現在をもって作成され、同年三月九日正午までに、志望先の高等学校の校長に提出されるものであり、ごく短期間しか被控訴人の管理下にないため、控訴人は、調査書が作成される前に、「調査書ができてから公立高校受験までは期間が短いので調査書ができる以前に交付することを決定しておいてください。」と付記して、あらかじめ本件調査書の開示請求をしたのである。

被控訴人は、同年一月一六日に本件不存在通知を発し、控訴人から同年二月二日に異議申立てがなされたのを受けて、本件条例二一条に従い右異議申立てに対する決定をするについて審査会に諮問した。

審査会は、同月二八日に本件調査書を控訴人に開示すべきであるとの意見を答申した(以上の事実は当事者間に争いがない。)。審査会の答申の理由は、調査書を開示しても教師の教育評価権が侵害されることはない、評価の基準が合理的かつ適切であれば開示により生徒や保護者との信頼関係が損なわれるとは考えられない、開示を認めても、教育現場に大混乱が起きるとの具体的根拠はない、調査書作成委員会により多数の教職員が調査書の作成に関与し、公正に作成されるよう対策がとられているから、保護者等の圧力により支障が生じるとは考えられない等の理由により、本件調査書については、本件条例一三条二項二、三号の非開示事由はないというものである。

右答申を受けた被控訴人は、昭和六一年一〇月三日に制定された本件条例の行政解釈としては、調査書は開示すべきでない文書に当たるとされてきた上、調査書の開示請求がなされたのは初めてのことでもあり、慎重に検討すべきであるとして、平成三年三月五日に、継続して審議することを決め、改めて大阪府教育委員会や文部省に意見を求め、また、中学校長会等の意見を聴取した上で、控訴人が芥川高校に入学した後である同年六月七日に至って右異議申立てを棄却する旨の決定をした。右決定の理由の大筋は、調査書の公正、客観性を担保するためには、その記載内容が制度上秘密であることが求められるのであり、開示を前提とすれば、調査書は形骸化し、現行の高等学校入学者選抜制度を維持することは不可能となる。入学者の選抜に当たっては、全志望者を平等、公平に取り扱うべきであるが、一地域においてのみ調査書の開示を認めることはこれに反する、調査書が開示を前提として作成されるならば、その市域の調査書は信頼できる公正な資料として活用されなくなるおそれがある等とし、調査書は本件条例一三条二項二、三号の非開示事由に該当するというものであった。

(三) 高槻市議会は、平成三年三月二六日、高校入学者選抜資料となる調査書は開示されるべきであるとの決議(本件決議)をした。被控訴人は、控訴人による本件調査書の開示請求をきっかけとして、進学指導と調査書開示の是非についての議論が高まる中で、より細やかな進学指導をする必要があると考え、調査書と同じ基準による一〇段階の相対評価により表示した各教科の成績を、平成三年度以降(高校入試としては平成四年度以降)の高校進学希望者のうち開示することを希望する者に知らせる方式を取ることになった(これはカード方式と呼ばれた。)。これは、公立高等学校を志望する場合には、二月中旬に開かれる三者懇談会で示されるものであるため、少なくとも評価時点の関係で、基礎資料がそれまでのものに限られるものであり、したがって、右時点以降、調査書が作成される二月末時点までの間に基礎資料の内容に変更があれば、評価の修正がなされることがあること(しかし、その間の期間も短く、調査書の評価とカードの評価とはほとんど差異がないのが通常であった。)及び調査書のうち学習の総評欄、総合所見欄がないことが、右個人記録カードと調査書の異なる点であった。

右のとおり、カード方式による進学指導は平成三年度の進学希望者から行われるようになったが、開示を受けた生徒や保護者から、評価内容について多少の不平不満が出されたケースはあったものの、特に問題として取り上げなければならないほどの混乱が生じたことはなかった。ちなみに、平成六年の三学期の高槻市内の中学校全体のカード提示率は、二八一二件、83.1パーセントであり、開示希望者はカード方式が採用された平成三年度以降毎年増加の傾向をみせている。

二  争点1(本件不存在通知の処分性)について

1  控訴人は、一審被告高槻市が損害賠償請求事件の敗訴判決について控訴せず、原判決中一審被告高槻市に関する部分が確定したから、本件不存在通知が行政処分に当たるという右判決に被控訴人も拘束され、もはや争うことができない旨主張する。

しかし、控訴人の被控訴人に対する調査書非開示処分取消請求訴訟と一審被告高槻市に対する損害賠償請求訴訟は、原審で併合審理されたものの、被告を異にして、訴訟物も別々であるから、一審被告高槻市が損害賠償請求に関する敗訴判決について控訴せず原判決中損害賠償請求の部分が確定したからといって、被控訴人がこれに法律上又は事実上拘束されることにはならないというべきであるから、控訴人の右主張は理由がない。

2  被控訴人は、本件不存在通知は、本件調査書がいまだ存在していないという事実を単に通知したものにすぎず、行政処分には当たらないと主張するので、この点について検討する。

(一) 本件不存在通知がなされた平成三年一月一六日当時、本件調査書がいまだ存在していなかったことは当事者間に争いがないところ、乙第一号証、第一五号証によれば、本件条例一三条一項及び同条項で引用している高槻市情報公開条例二条一号により、開示請求の対象とすることができるのは、「自己に係る個人情報」で「公文書(実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真、フィルム、スライド及び電子計算組織に係る磁気ファイルで、実施機関において管理しているもの)に記録されているもの」であると規定していることが認められるのであるが、これは、本件条例に基づき、右個人情報を開示するためには、その対象が記録された公文書として存在し、実施機関において管理していることが必要であるためであると解される。

ところで、公立高等学校入学者選抜の資料となる調査書も個人情報に当たるというべきであるところ、それが現実に作成される以前でも、それに近接した時点では、調査書に記載されるべき事項についての資料等はその作成権限者の手元にほぼ揃っているのが通常であるとしても、その後において調査書に記載されるべき評価等を変更、修正しなければならないような事情の発生することがないとはいえず、したがって、調査書に記載されない限り、右資料に基づく評価等も確定したものとならないし、また、右資料に基づき評価等が記入されて調査書が作成されない限り、開示請求者に対し調査書の「閲覧」「写しの交付」をすることもできず(本件条例一九条参照)、請求者において調査書の評価、記載が適正になされているかどうかをチェックし、その「訂正」「削除」「中止の請求」等の請求をすることもできないことになる(本件条例一四条ないし一六条参照)。

したがって、調査書についても、それを開示するためには、開示時点において、調査書が現実に作成され、公文書として存在し、被控訴人が管理していることが必要である。しかし、本件調査書のように近く作成されて存在することが確実となっているものについて開示請求をする場合やその決定をする場合にまで、各時点で既にそれが公文書として存在していることの必要はないのであり、したがって、右のような公文書について、開示請求及びこれに対する決定をするに当たっては、その対象となる公文書が存在していることは要件ではないというべきである。

そうすると、本件調査書については、控訴人が開示請求をした平成三年一月七日当時はもちろんのこと、本件不存在通知がなされた同月一六日当時もいまだ右調査書は作成されていなかったのであるが、右いずれの時点においても、開示請求をすることはもちろん、開示、非開示の決定(この場合、公文書が作成された後において開示する、開示しないということを作成前にあらかじめ決定することになる。)もすることができたといわなければならない。

(二)  確かに、前記のとおり、被控訴人教育長名で本件不存在通知がなされた平成三年一月一六日当時はいまだ本件調査書は存在しておらず、したがって、それに記載されるべき内容も不明であり、控訴人の開示請求に対して、その可否の判断をすることもできなかったのであり、また、本件不存在通知の内容も本件調査書が存在していないとのみ記載されている点からしても、被控訴人が主張するように、右通知は単に本件調査書はいまだ存在していないとの被控訴人教育長の認識したところを請求者である控訴人に通知したものにすぎず、その内容として本件調査書を開示することを拒否するとの意思まで含んでいないとも解されないではない。しかし、(<証拠略>)によれば、本件不存在通知当時、被控訴人においては、文部省、大阪府教育委員会の方針に従い、調査書は開示請求の対象にはならないとの立場を採っており、これに基づき右通知を出したものであること、本件不存在通知に対する控訴人の異議申立て手続においても、被控訴人は、審査会に対し、右通知をもって、控訴人の開示請求に対する拒否処分すなわち非開示処分とすることに異議はないとの回答をしていること、さらに、右異議申立てに対する被控訴人の決定も、本件不存在通知が行政処分であり、また、右処分は被控訴人によりなされたものであることを前提とし、したがって、その主文も却下ではなく、棄却とされていることが認められるのであり、これらによれば、本件不存在通知は、被控訴人が控訴人の本件調査書の開示請求に対し開示しないとの意思を表示したものと認めざるを得ない。

もっとも、乙第四号証によれば、本件不存在通知は、被控訴人名義ではなく、高槻市教育委員会教育長藪重彦の名でなされていることが認められるのであるが、乙第七号証、第九、第一〇号証、第二一号証、原審証人藪重彦の証言によれば、右通知は、被控訴人の内部規則である委任規則により、被控訴人から被控訴人教育長に委任された権限に基づきなされたものであること、前記控訴人の異議申立て手続においては、被控訴人は本件不存在通知の主体、すなわち右通知が被控訴人によりなされたものか、又は被控訴人教育長によりなされたものかについては全く問題としたことはなく、また、右異議申立てに対する被控訴人の決定も、本件不存在通知は被控訴人がしたものであるとの前提でなされていることが認められるのであり、これらの各事実のほか、本件条例が昭和六一年一〇月に制定されたものであるのに対し、右委任規則はそれ以前の昭和四四年四月に制定されたものであるところ、右委任規則においては、重要事項のみを被控訴人の権限に留保し、その他の事項はすべて教育長に包括的に委任する形式が採られているのであるが(同規則一条参照)、前記のとおり、本件調査書の開示請求は被控訴人にとってはかつてなされたことのない出来事であり、しかも、右委任規則制定当時は、まさか本件調査書の開示請求のような問題が生じるとは予想もしていなかったことであることを考えると、控訴人の本件調査書の開示請求の可否の判断決定は、果たして右教育長への委任事項に当たるのかさえ疑問があるし、形式上右委任事項に含まれるとしても、それはせいぜい内部委任の範囲にとどまるものというべきであって、本件不存在通知は、右教育長名でなされてはいるものの、その効果は被控訴人に帰属するものであり、本件不存在通知は被控訴人の処分であると認めるほかはない。

したがって、本件不存在通知は、単なる事実の通知ではなく、控訴人の本件調査書の開示請求に対する拒否処分であり、個人の地位、利益、権利関係に影響を及ぼすものとして、行政処分に当たるというべきである。

三  争点3(本件不存在通知の取消を求める訴えの利益)について

1  被控訴人は、本件調査書は平成三年度の公立高等学校入学者選抜(合否決定)のための資料として作成され、受験生の出身中学校長から志望先の公立高等学校長に提出される文書であるところ、右入学者選抜は既に終了し、控訴人は志望先高等学校に合格し進学しており、本件調査書も既に高等学校長に提出されて、実施機関である被控訴人は現に保管若しくは管理していないから、控訴人には本件不存在通知の取消しを求める法律上の利益がないと主張するので、この点について判断する。

(一) まず、被控訴人が、平成三年度の公立高等学校入学者選抜は既に終了し、控訴人は志望先高等学校に合格し進学しているのであるから、訴えの利益がないとする点についてみると、乙第一号証によれば、本件条例一条は「この条例は、個人情報の保護に関する市、事業者及び市民の責務を明らかにするとともに、個人情報の適正な取扱いに関し必要な事項を定め、かつ、自己の個人情報に対する開示請求権等の権利を保障することにより、公正な市政と個人の尊厳を確保し、もって市民の基本的人権の擁護に資することを目的とする。」と規定し、本件条例一三条では、同条二項に定める一定の非開示事由が存しない限り、何人も、原則として、公文書に記録されている自己に係る個人情報の開示を請求することができる旨が定められていることが認められるのであり、これからすれば、本件条例は、開示目的や開示により受ける具体的利益にかかわりなく、何人にも公文書に記録されている自己の個人情報の開示を求め得ること自体に法律上の利益を認めているものと解すべきであり、控訴人が本件不存在通知によって本件調査書の開示を受けることが妨げられている以上、右処分の取消しを求める法律上の利益があるというべきであって、平成三年度の公立高等学校入学者選抜が既に終了し、控訴人が志望先の府立高等学校に合格し進学していることにより右法律上の利益が失われるものとすることはできない。

控訴人は、本件調査書の開示を請求したのは、①志望校選定の資料とするためであり、②記載内容が適正であるかどうかをチェックするためであったと主張しているが、これは控訴人の開示請求の動機、目的にすぎず、訴えの利益の有無についての判断を左右するものではない。

(二) 次に、本件調査書は、被控訴人が現に保管若しくは管理するものではないから、訴えの利益がないとする点について判断する。

(1) 本件条例は、二条三号において、個人情報の開示に関する実施機関の意義について高槻布情報公開条例二条二号を引用しており、それによれば、実施機関としては、市長、選挙管理委員会などと並んで被控訴人が明記されているが、中学校長を実施機関とする定めはない。本件条例一三条一項は、開示を請求することのできる対象を高槻市情報公開条例二条一号に規定する公文書であると明記しており、また、右高槻市情報公開条例二条一号では、公文書は実施機関の職員が職務上作成又は取得した文書等で実施機関において管理しているものと規定している。そうすると、高槻市立中学校が作成して保管している公文書を開示する実施機関は、右公文書が高槻市立中学校において保管されているものであっても、被控訴人の管理下にあるものとして被控訴人であると解される。

前記のとおり、本件条例一三条一項による開示の対象となるのは、開示の段階において、現に実施機関において保管若しくは管理する文書等に限られるというべきである。したがって、先にみたとおり、高槻市立芝谷中学校長は、控訴人に関する本件調査書を平成三年三月一日に作成して同月九日ころまで保管していたものであるから、被控訴人としては、先に認定した事実(前提となる事実)に当審における証拠調の結果(甲一六〇、一六二、一六四、一七五、一七六、一八八ないし一九二、証人鶴保英記、同遠藤恵子、同栗原夏陽)を加えても、平成三年三月九日ころまでの間においては、原判決の理由説示(第三、三)のとおり、本件調査書のうち総合所見欄以外の各欄をすべて開示すべき義務があったものということができるのである。しかし、先にみたとおり、本件調査書は平成三年度の公立高等学校入学者選抜のための資料として作成され、受験生の出身中学校長から志望先の公立高等学校長に提出される文書であり、控訴人は志望先の府立の高等学校に合格して進学し、本件調査書も既に右高等学校長に提出されており、被控訴人は、現在、本件調査書を保管も管理もしていないのであって、本件不存在通知が取り消されても、控訴人としては、もはや、本件条例により本件調査書の開示を受けることはできなくなっているのであるから、控訴人には本件不存在通知の取消を求める法律上の利益は失われているものといわざるを得ないのである。

(2)  控訴人は、本件条例上、開示の対象となっている情報と、それが記載されている公文書との結びつきが、条例上どの程度(どの段階で)要求されているかを考えた場合、本件条例においては、①開示請求から最終的な開示行為に至るまでのいずれかの段階で、当該情報が公文書に記録されていること、②開示行為の段階で、公文書そのもの若しくはその公文書の写しが存在することが要件であり、それ以上に、開示段階で公文書そのものが存在することまでは要求されないと解すべきであると主張する。しかし、先に二2(一)で判断したとおり、本件条例の文言、制定の趣旨及び目的、開示の方法等からみて、本件条例における個人情報の開示は、公文書の原本をもって行うことが規定されていると解すべきものであるから、公文書の写しの存在をもって足りるとの控訴人の右主張は理由がない。

(3)  控訴人は、本件条例が開示の対象としているのは、自己情報が記録された公文書そのものだけでなく、それに代わるものとして自己情報が記録されている公文書も含まれると解釈すべきであり、被控訴人が作成して保管している本件調査書の写しはこれに該当すると主張する。

前記のとおり、調査書は、中学校長が生徒の志望先の高等学校長に直接提出するために作成するものであって、中学校長において写しを作成することは予定されておらず、中学校長から志望先の高等学校に提出された後は中学校長或いは被控訴人の手元には調査書は残らず、写しもない状態であり、入試終了後に高等学校長から中学校長或いは被控訴人に調査書が返還されるものでもない。公立高等学校の入学者選抜のために作成されるという調査書の作成目的からして是認できる取扱である。

(<証拠略>)によれば、被控訴人は、控訴人からの異議申立て及び訴訟(控訴人は、平成三年四月四日に被控訴人を被告とする情報開示不作為の違法確認等請求の訴訟を提起した。)に対応するために被控訴人事務局に本件調査書の写しを保管していることが認められる。しかしながら、右調査書の写しが存在するのは、右のとおり異議申立て及び訴訟に対応するために事実上、便宜上とられた措置であって、平成三年度の公立高等学校入学者選抜要項に基づくものではなく、調査書の作成権者或いは保管者によって作成されたものと認められず、本件条例による開示の対象となる公文書であると解することは相当でない。被控訴人が右写し以外に権限のある者が作成した本件調査書の写しを現在保管若しくは管理している事実は認められない。

(4)  控訴人は、本件条例一九条二項は、「自己情報の開示は、実施機関が前条第三項に規定する通知において指定する通知において指定する日時及び場所において、当該自己情報が記録された公文書を閲覧に供し、又はその写しを交付する方法により行うものとする。」と規定し、同一九条三項で、相当の理由があるときは、実施機関は当該公文書を複写したものを閲覧させ、又は写しの交付をすることができると定めているところから、本件調査書については右写しの開示がこれに当たると主張するが、右規定は、実施機関が当該公文書(原本)を管理していることを前提にして、その汚損や破損のおそれがある場合の複写による閲覧や写しの交付を定めているものと解されるのであって、右規定を根拠に公文書の写しの開示請求が認められているものとすることはできない。

(5)  控訴人は、被控訴人が、①本件調査書が志望先高等学校長に提出された後も、控訴人の異議申立てを受けて開示すべきか否かを検討し、本件調査書に記載された情報を写しで開示することができるとの立場に立っていた、②最終的に控訴人の異議申立てを棄却したときも当時調査書原本が被控訴人のもとに存在しなかったにも拘わらず本件調査書が存在しないことについては何ら触れず、調査書を開示すべきでないとする実質的な理由のみ述べ、却下ではなく、棄却の決定をしているが、これも写しによって本件調査書の開示をすることができるとの立場に立っていた、③控訴人の本件開示請求の翌年に他の生徒からの同様の請求に対し取消訴訟が終結するまで当該個人情報を管理、保管するとの原則を明確にして写しにより調査書を開示することができるとの立場に立っていたと主張する。しかし、右のような事情があるからといって、現在において被控訴人が本件調査書の原本を保管若しくは管理しておらず、単に公文書でない写しを保管しているにすぎない状況において、右写しによって本件調査書の開示を求める法律上の利益があるということはできない。

2  以上みたとおり、高槻市立芝谷中学校長が控訴人の志望先公立高等学校長に本件調査書を提出して以後、被控訴人は本件調査書の原本を保管若しくは管理していないから、現在においては本件条例に基づく本件調査書の開示の可能性はなく、控訴人には本件不存在通知の取消を求める訴えの利益が失われているというほかない。

四  結論

よって、訴えの利益がないとして控訴人の本件不存在通知の取消を求める訴えを却下した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官福永政彦 裁判官井土正明 裁判官横山光雄)

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